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埋み火
第2章 熾し火
 結局、盆前のデートから月が改まっても霧子は博之と電話をすることはなかった。

 強がって「旅行中、連絡なんか一切いらない」とチャットで言ったところ、博之は本当にひとことのメールも何も送ってよこさず、霧子からも何も言わないまま半月が経過した。


(どうせ、いざとなれば嫁を選ぶのよ。私なんてその程度なんだわ)


 博之は臆病だから、霧子が怒っていると思って連絡を取るのが怖いだけだ。

 いま自分が抱いているのは馬鹿げたネガティブな被害妄想だと笑ってみても納得はできそうになかった。

 実際、家族に隠れて霧子と会い続けるということはそういうことなのだから。

 今まで築いたものを捨ててまで、霧子を選ぶことなどあの年齢の男には絶対にありえない。

 いくらつらいことがあっても、新しい痛みに耐えるくらいなら今までの痛みに飼い慣らされて生きていくほうが楽な世代なのだ。

 博之が両方の女の間でうまくやれる器用な男でもまめな男でもないのは知っていたが、せめて一言でも優しい言葉があればまだましなのに、と思い沈んだまま霧子は仕事に行っていた。

 霧子の勤務先は結婚していたころ……まだ二十代の半ばに勤めていた近畿地方ナンバーワン都市銀行のバックヤードである関連会社の送信集中部だ。

 オフィスこそ京都市内の銀行ビルの中にあり、制服も同じためいかにも銀行員でございという顔で勤務しているが、子会社のちっぽけな為替オペレーターなのが実情である。

 夫のもとを飛び出したあと、雪深い北国の実家に戻るのも嫌でさっさと自立しようとハローワークに行ったところ、「銀行経験者なら」と勧められたのが元の勤め先の関連会社だった。

 前にいた伏見支店の人間がどれだけこのビルに異動しているかはわからないが、離婚の経緯を考えるとあまり知った人間に会いたくはない。

 しかし、三社ほど面接を受けてそこだけからすぐ採用通知がもらえたので再び昔の制服に袖を通すことになった。
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