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どうか、その声をもう一度
第5章 ひびのおと

彩夏とはこの数日、まともに口を利いていなかった。朝も毎日早いし、帰りも遅くなるから俺に合わせなくていいと言ったためだ。今までの彩夏なら、でも私が合わせたいから、と健気に早起きをして、時には弁当を持たせてくれた。だが、今回は妙に暗い顔をして分かったと答えただけだった。

終電間際の時刻になって物音を立てないように帰宅。これまた彩夏を起こさないように気遣いながら眠る支度を整えて寝室に向かうと彩夏はぐっすりと眠っている。寝顔を見つめると、なぜだかそこに雨の日に出会った26歳の沙英の顔が被さって、胸が苦しくなる。

2日後に迫ったクリスマスが過ぎれば、忌引きで休んでいる社員も戻ってくるし、少しは時間に余裕が持てるだろう。そうしたらクリスマスは一緒に過ごせない分、彩夏に合わせて休みを取って彼女と一緒にいてやりたい。

「来たんすよ、例の子」

上手くいけば26日に休みを取れるだろうか。それかいっそ年末年始に休みを取って彩夏の希望通り島へ帰るか。そんなことを考えながらサロンを腰に巻いていたが、諒の静かなひと言でサロンは俺の手から滑り落ち、床に広がった。

「沙英が……来たのか?」

あの雨が降った日、沙英が抱えていた包みの店はうちの店から5分程度歩いた先にある。なんでも世界各地の珍しい高級豆からお手頃価格の豆までとにかく豊富な種類を扱っているコーヒー豆の老舗らしい。その店に行って沙英のことを訊けばなにか分かるだろうかと思いながらも、訊いて、知ったところで俺はなにがしたいのかが自分でもよく分からなかった。

昼時にやってくるピークを越えると、沙英が店の前を通らないものかと窓の外ばかり見つめている俺に諒は己の推理を語った。鞄も持たず、コーヒー屋の包みだけ抱えていたくらいだからこの辺りに住んでいるか、勤務地がこの辺りなのだろうと。それを聞いてから窓の外を見つめる時間はさらに長くなったことは言うまでもないだろう。
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