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どうか、その声をもう一度
第5章 ひびのおと

あの日以来、沙英の姿は一度も見ていない。声も出さず、俺の腕を振り払って消えた彼女は幻かなにかだったんじゃないかと思ったこともあった。

「沙英って誰っすか。あ、あのコーヒーの彼女か。違いますよ」
「……なんだ。じゃあ誰だよ、エリアマネージャー?」

落胆の息をつき、落としたサロンを拾い上げる。もしエリアマネージャーなら年末の休みの交渉でもしてやろう。

「あれです、ほら、あの、週末の」
「え、あのたまごサンドとオリーブのパンの子?」
「ピンポン大正解。やばくないすか、運命的じゃないすか」
「……ああ、そうだな」

たまごサンドとオリーブのパンの子。週末の子。どちらも同じ人物のことを差す。諒と同い年くらいの小柄な女性。ショートカットの明るい茶髪を思いだしながら諒と連れ立ってバックヤードを出る。店頭に立っていたアルバイトの女の子に、休憩に入るように声をかけてからレジの機会を操作し、売り上げを確認。今日の予算は達成していた。

「で、秀治さん。お願いがあります」
「はいはい、なんですか」
「明後日なんすけど、」
「おう、まじか。お前早速クリスマスデートとか勇者だな」
「いや、ちょっと勇者になりきれなかったんで一緒に来てほしいんすよ」
「……はあ?」

詳しく聞けば、彼女も諒のことちゃんと覚えていたどころか少しは諒に気があったらしく、偶然ですね的な会話から2日後のクリスマスの夜に食事に行こうという話になったようだった。だが、彼女の方から職場の先輩も誘って何人かで行こうと提案されたという。

「……なんでそこで俺だよ。バンド仲間とかさ、他に友達とかいるだろ」
「あのね、バンドマンってね、けっこう女関係クズなやつばっかなんすよ。まあ俺の周りに限った話かもですけど。そんなやつらと彼女、会わせたくないでしょ。それに、秀治さんなら安全だし。ここは秀治さん一択なんです」
「明後日はまじでシュトーレン次第だぞ」
「俺のとっておきの営業スマイルで14時までに売り切ってみせます」

できるもんならやってみな。



その返答は吉と出るか、凶と出るか。
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