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夢の欠片(くすくす姫サイドストーリー)
第1章 前編
「やめろ…人を呼ぶぞ」
締め上げられて掠れた酔漢の言葉に、男は嘲笑を浮かべました。

「呼んでみろよ。困るのは、どっちだろうな?」
男はそう言うと手を離し、酔漢を地面に半ば投げ落とすように転がしました。そして這う這うの体で逃げ去る姿に言い放ちました。
「失せろ。言っとくが、次は無ぇぞ?二度とこの人に近付くな」
酔漢は一度振り向いて悔しげに顔を歪めましたが、何も言わずに去って行きました。

「…大丈夫ですか?」
酔漢が去るのを見送ると、男は振り向いて、改めて自分が助けた女性を見ました。
男は、青ざめた顔で乱れた服装と解れた髪を直しているその女性が、自分にとって非常に好ましい容姿をしている事に気付きました。

「ありがとうございました。頂いたお酒が、思ったよりも強くて…風に当たりに来たら、あの方が、突然話しかけていらっしゃって、それであんな…」
「魅力的で美しい女性がお一人で暗い場所にいらっしゃるのは、感心しませんね」
「そんな…私なんて」
男にとってはお世辞ではなく心からの賞賛でしたが、女性は決まり悪げに目を伏せただけでした。

「いや。私がたまたま通りかかったから良かったが、そうでなければ今頃…」
その言葉を聞いた女性は、自分の体を抱き締めるようにしてぶるっと震えました。それを見た男は抱き締めてやりたいと思いましたが、先程酔漢に嫌な目に遭わされたばかりの女性の心情を思って、手を伸ばすのは控えました。

「これからは、気を付けます…本当に、ありがとうございます」
女性はもう一度頭を下げると、人を待たせているのでと、室内に戻って行きました。
男は放心したように女性の消えた扉の方を見詰めておりましたが、ふと、グラスを置きっ放しにしていた事を思い出しました。それを手に取って残った酒を呷ると、先程の事がまるで夢であったかの様な気持ちになりました。

(良い女だったな…あんな事の後で無けりゃあ、お近付きになってみたかったが…間が悪すぎた)
酒を飲み干して宴席に戻ろうかと辺りを見回すと、何か光るものが落ちているのが目に留まりました。

「…ん?こりゃあ」
屈んで拾い上げてみると、落ちていたのは、飾り櫛でした。
金細工に赤い石が嵌められた櫛は、金線を縒って繊細な飾りをつけた手の込んだ作りで、かなり高価な物の様です。
男はそれをしばらく見詰めて懐に仕舞い、宴席へと戻って行きました。
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