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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
まだ帰りたくない、もっと話していたい――そう口に出してしまえる無邪気な子供ならどんなにいいか。落ちてくる雪に目を細めながら夜空を見上げる藤田を見つめ、潤は唇をひらいた。
「そうですね。帰らないと」
顔を上げ、藤田の向こうにそびえ立つ白緑の竹を視線で辿る。
「帰らないと……」
もう一度、自分に言い聞かせるように呟く。
雪が次々と視界を襲ってきて思わず睫毛を伏せたとき、目の前にある長身が一歩こちらに近づき、ポケットから手を出した。
「その前に落としておきましょうね」
藤田が静かに言って手を上げる。潤の頭を覆うほどの大きなそれは、髪についた雪をそっと払った。
「あ……っ」
「今日は髪がしっかりまとまっているのですね」
「は、はい……少しでも乱れると清潔感が損なわれるので。着付けも綺麗にしなければならないし」
平静を装って返すと、藤田が思い出したように「ああ」と声をあげた。
「潤さんの着物姿、もう少し見ていたかったな。とても美しくて、僕は卒倒しそうでした」
さらりと、なんの躊躇もなく、彼は冗談のような称賛を口にした。