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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
美しい。その形容詞は自分のような女には縁がない、と潤は思った。それを与えられる人間は、なにかが特出していなければならないような気がするのだ。
「ご冗談を……」
踊りだしそうな心をぐっと抑え込み、自戒の念も込めて呟く。
藤田が唇を結び、低く唸った。心持ちその身体が前に倒れてきたように感じ、潤は反射的に身構える。
「誰かを褒めるときに冗談は必要ありません」
彼はそれ以上身体を寄せることなく、言った。
「あなたはまったく本当に、本気が通じない人ですね」
潤がほんの少し頭を前に倒せばその胸に顔をうずめてしまえる距離で、彼は潤にだけ聞こえる静かな声を落とした。
「先生……」
「今は先生じゃありません」
「……っ」
見上げれば、あまりにも柔らかな眼差しで見下ろされる。
湧きあがる愉悦と羞恥に耐えられず、潤は思わず噴き出した。さきほどとは逆の立場に立たされた藤田が今度は怪訝そうな表情になる。それが余計におかしくて、それと同時になぜか寂しくて、潤は泣きそうになりながら笑った。