この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
藤田の膝が潤の脚に当たりそうで当たらない妙な距離感の中で、「さて」と低い呟きがしっとりと響いた。
「これは法帖といいます」
「ほうじょう……」
「うん」
軽く相槌をうった藤田は、積まれたそれを一冊ずつ降ろしていく。
「先人の筆跡を拓本にとり、鑑賞用に仕立てたものです」
その説明とともに、十冊ほどの法帖が重なり合いながら机の上に所狭しと並べられた。それぞれ様々な色合いの表紙――中には部分的に色褪せた年代物らしきものもある――には、おそらくタイトルであろう漢字が縦に並ぶ。当然ながら潤にはなんと書いてあるかわからない。
「まずは第一印象。どうぞ手に取って中をご覧ください」
その愉快げな声に背を押され、潤はとりあえず手前にある群青色の古そうな一冊を手にしてみた。よく使い込まれているような手触りを感じながら、ゆっくりとページをひらいていく。