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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
ひとまず臨書の手本を取りにいくと言った藤田は、縁側に面した障子ではなく反対側の襖を開けて部屋を出ていった。
潤は運転音を発するヒーターを見下ろし、そろりと動いて吹き出し口の前に立った。
ほんのりと灯油の匂いとともに漂ってくるあたたかな空気が、湿り気を帯びた浅履きのフットカバー越しに冷たい足を撫でてくる。雪の中を歩いたせいでパンプスから水が染みて濡れたのだ。いっそのこと脱いでしまいたいが、裸足になるのは抵抗がある。
廊下を踏みしめる足音が近づき、潤はとっさに振り向き近くの書道机の前に正座した。縦に四列、横に三列並ぶ机のうち、一番後ろの中央右側だ。
襖を開けた藤田はそこで静かに待つ潤の姿を認めると、部屋に入り襖を閉めて歩み寄ってきた。その手はいくつかの冊子を抱えている。
「それが、臨書のためのお手本ですか」
潤の固い視線に彼は微笑みを返すと、机にそれを置いた。潤のそばに腰を下ろし、あぐらをかく。