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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
「潤さん」
囁くような声が聞こえるのとほぼ同時に、その背中は離れ、男の気配がこちらを向いた。潤は振り向かず、自身の領域に背後からじわりと侵入してくる色めいた空気を吸い込み、弱々しく吐き出した。
かろうじて保っていたはずの均衡が少しずつ崩れていく。怖気づいて理性をかき集めようと動き回る心と、それでも恐怖に足を踏み入れてしまいたい静かな興奮がせめぎ合う。
狂おしいほどのなまめかしさに支配される空気の中、右の腕が、熱い手のひらの感触に掴まれた。潤は息を止め、まぶたをきつく閉じる。
「先生……だめです」
「今は先生と呼ばないでください」
「……っ」
まるで警告のような言葉にはっと目を見ひらいたとき、背後から激しく抱きすくめられた。
「潤さん……」
耳にかかる吐息まじりの甘い声とともに。