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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
「先生……まるで背勢ですね」
「ああ、本当ですね」
苦笑まじりの低い声が背中を通して響き、「じゃあ」と続けられた。
「向勢にしますか」
「え……」
「僕には背中だけではなく胸もあるし、腕もあります」
「……私には贅沢なことです。背中だけで充分です」
真情を隠して拒むと、藤田は「そうですか」と柔らかな声で答えたきりなにも言わなくなった。
しばらく沈黙に身を任せ、ふと思い立ち藤田に悟られないよう首をひねって見てみたが、その頭は俯いたままぴくりとも動かない。
また居眠りしているのだろうか、と潤は思った。やはり疲れが溜まっているのかもしれない。その優しさがあまりに自然で気づかなかったが、本来ならきっとこんなふうに人妻の世話を焼いている暇などないくらい忙しい人なのだ。
帰ったほうがよいのかもしれない。そう感じてかすかに身じろぎした瞬間、無言を貫いていた藤田の背中が一瞬こわばったように感じられた。