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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨

 誠二郎に相談してみても、「年末が近いからピリピリしているだけだよ。気にするな」と笑うだけで、まともに話を聞いてくれない。顔には出さなくとも彼自身も疲れているのだろう。
 広報活動や経理などの事務仕事に加え、ときには予約の受付やフロント業務、夕食時に客室へ飲み物を提供しに行ったり、調理場の手伝いをしたり、クレーム対応をしたり、細かなところまで幅広くカバーしていた社長の代わりを務めるのは、女将の助けがあるとはいえ未経験の彼にはまだ難しい。
 その苦労がよくわかるから、潤はなにも言えない。仲居としても半人前の自分には、夫のためにできることなど限られている。それは誠二郎のほうも同じだろう。

 そんな中、潤を支えてくれるのは、あの個展を教えてくれた仲居の菊池だ。
 下の名前は美代子。器量がよく、淡浅葱(うすあさぎ)色の仲居着物が似合うさわやかな美人だ。
 七歳の息子と実家の両親と暮らす三十九歳のシングルマザーで、二十代の半ば頃から野島屋旅館に勤めるベテランである。彼女は潤の指導係として、着付けや立ち振る舞い、客室に料理を出すタイミングなど様々な場面で的確にフォローしてくれる。

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