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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨

 面倒見のいい美代子は仕事以外でもなにかと潤のことを気にかけてくれ、今ではすっかり夫より長く一緒にいる姉のような存在である。
 休憩時間は、野島屋から車で十分のところにある彼女の実家にお邪魔して昼食をもらうことも多く、狭い世界に閉じ込められ不満を漏らすこともできない潤にとってはそれが唯一の息抜きだ。

 そんな状況を心配した美代子は、気分転換になるかもしれないと言って潤に書道を勧めてくれた。あの個展を開いた書家が自宅で書道教室を営んでおり、一回のみの体験レッスンも歓迎しているという話をどこかで聞きつけてきたらしい。

「とりあえず体験してみたらいいじゃない。それだけなら女将も若旦那様も許してくれるわよ。ね、そうなさい」

 背中を優しく叩くその手のぬくもりに勇気づけられ、潤はその提案を受け入れることにした。

 きっかけなど、些細なことなのだ。しかしそれが運命を大きく変えてしまうこともある。

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