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滲む墨痕
第4章 一日千秋
反射的に目をつむり左に顔をそらすと、無防備な右頬に、ひた、となにかが触れ、潤は肩をすくめた。
筆だ。肌をすうっとなぞる毛の感触、鼻をかすめた幽香(ゆうこう)でそれがわかる。薄目を開けてみれば、視界の端に映るのは自身の右頬から伸びる筆管、その先には試すような眼差しがあった。
誠二郎が無言で手を動かす。頬から顎へ下りた濡れ毛は、首筋を通り、鎖骨の内側のくぼみを嬲(なぶ)り、べったりと撫で下ろす。
人のぬくもりを感じない、だが充分に水分を保った毛束に愛撫される妙な感覚が肌を震わす。色のない視線で互いの心情を探り合いながら、潤の白い柔肌は誠二郎の操る毛筆に弄ばれ、墨をこすりつけられ、黒く染まってゆく。