この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
いつかの春に君と
第3章 永遠の花
「…本当に行くのか?」
今城は執務室の机の前で、辞令を見返しながらため息を吐いた。
少し窶れた…だがその分、研ぎ澄まされ凄味を増した鬼塚の美貌を見つめる。
鬼塚は濃灰色の見習い士官の軍服をきっちりと着込んだ一分の隙もない様子で、氷のように無表情のまま返答をした。
「はい。今城少尉。今まで大変にお世話になりました」
…鬼塚は男が亡くなったあと、直ぐに上層部に掛け合い、転属願いを申し出た。
…行く先は、特命取締班…憲兵隊の中でも特に手を焼く危険人物や無政府主義者の取り締まりと検挙を請け負う…いわば秘密裏の…しかし最前線の部隊であった。
早く実戦で危険分子達の取り締まりをしたい。
どんな危険な部署でも構わない。
…鬼塚のたっての希望は直ぐに叶えられた。
鬼塚ほどの武道に長けて戦闘能力の高い若い士官を、現場は渇望していたのだ。
兵士達の士気が上げるし、何よりその黒革のアイパッチは、禍々しくも凡人にはない強さと冷たさとしたたかさと…何より神秘的な威厳を示していたからだった。
現場の活動が主になると、上官将校のお付きの任務は解かれる。
それで、鬼塚は今城に最後の挨拶をしに来たのだ。
「決心は変わらないのか?」
重なる質問にも鬼塚は表情を微塵も変えなかった。
「はい。変わりません」
今城は立ち上がりゆっくりと鬼塚に歩み寄った。
「…ひとつだけ確認させてくれ。君は捨て鉢になってはいないか?」
鬼塚は冴え冴えとした黒い隻眼で今城を見上げた。
「…捨て鉢…。さあ、よく分かりません。
…ただ、俺はこのままぬくぬくしてはいたくないのです。
ひりひりするような現場で闘いたい。
あのひとを奪ったような奴らを一人でも多く捉えたい。
危険でも構わない。
…そうでないと…この胸に空いた穴は埋められない…」
最後の言葉は震えて小さかった。
今城は暫く鬼塚を見つめていたが、やがて静かに彼を抱き寄せると、背中を優しく撫でさすった。
「…分かったよ。君がそこまで覚悟を決めているのなら、もう何も言わない」
…だが…と、そのまだ若木のように青さが残る青年の身体を強く抱き竦め、耳元で囁く。
「…生き延びろ。必ず、生き延びて…いつかは真の人生を前を向いて生きろ。
…大佐の遺言だ。…忘れるな」
今城は執務室の机の前で、辞令を見返しながらため息を吐いた。
少し窶れた…だがその分、研ぎ澄まされ凄味を増した鬼塚の美貌を見つめる。
鬼塚は濃灰色の見習い士官の軍服をきっちりと着込んだ一分の隙もない様子で、氷のように無表情のまま返答をした。
「はい。今城少尉。今まで大変にお世話になりました」
…鬼塚は男が亡くなったあと、直ぐに上層部に掛け合い、転属願いを申し出た。
…行く先は、特命取締班…憲兵隊の中でも特に手を焼く危険人物や無政府主義者の取り締まりと検挙を請け負う…いわば秘密裏の…しかし最前線の部隊であった。
早く実戦で危険分子達の取り締まりをしたい。
どんな危険な部署でも構わない。
…鬼塚のたっての希望は直ぐに叶えられた。
鬼塚ほどの武道に長けて戦闘能力の高い若い士官を、現場は渇望していたのだ。
兵士達の士気が上げるし、何よりその黒革のアイパッチは、禍々しくも凡人にはない強さと冷たさとしたたかさと…何より神秘的な威厳を示していたからだった。
現場の活動が主になると、上官将校のお付きの任務は解かれる。
それで、鬼塚は今城に最後の挨拶をしに来たのだ。
「決心は変わらないのか?」
重なる質問にも鬼塚は表情を微塵も変えなかった。
「はい。変わりません」
今城は立ち上がりゆっくりと鬼塚に歩み寄った。
「…ひとつだけ確認させてくれ。君は捨て鉢になってはいないか?」
鬼塚は冴え冴えとした黒い隻眼で今城を見上げた。
「…捨て鉢…。さあ、よく分かりません。
…ただ、俺はこのままぬくぬくしてはいたくないのです。
ひりひりするような現場で闘いたい。
あのひとを奪ったような奴らを一人でも多く捉えたい。
危険でも構わない。
…そうでないと…この胸に空いた穴は埋められない…」
最後の言葉は震えて小さかった。
今城は暫く鬼塚を見つめていたが、やがて静かに彼を抱き寄せると、背中を優しく撫でさすった。
「…分かったよ。君がそこまで覚悟を決めているのなら、もう何も言わない」
…だが…と、そのまだ若木のように青さが残る青年の身体を強く抱き竦め、耳元で囁く。
「…生き延びろ。必ず、生き延びて…いつかは真の人生を前を向いて生きろ。
…大佐の遺言だ。…忘れるな」