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いつかの春に君と
第3章 永遠の花
鬼塚は男の手を握りしめ、額に押し当てた。
男の温もりが失われるのを恐れるかのように、いつまでも離さなかった。

…ベッドの傍に立ち、先ほどから一言も話さなかった今城が静かに口を開いた。
「…鬼塚…。大丈夫か…?」

鬼塚はゆっくりと貌を上げ、無表情な声で尋ねた。
黒く美しい隻眼は虚のように空洞で、何も映してはいなかった。
「今城少尉。…大佐を殺した女はどこにいますか…」
今城は形の良い眉を顰めた。
「…憲兵隊本部の地下牢に留め置かれているが…」

鬼塚はホルダーの短銃の弾を確認するとロックを外し、無言で病室を横切る。
今城がその腕を素早く掴む。
「待て。どこに行く?」
「女を殺しに行きます。…今なら移送前だから、死因もうやむやだ」
蒼ざめた貌…ぞくりとするほどの冷ややかな眼差しが今城を見遣る。
「馬鹿なことを考えるな!例え憲兵隊士官でもそのようなことが明るみになったら君は軍法会議に掛けられるぞ!」
鬼塚が冷たく腕を振り払う。
「どうでもいいです。そんなこと。
今は…大佐を奪った女を殺さなければ、俺の胸の内は収まらない。仇を討たせて下さい」
今城が鬼塚を背中から羽交い締めにするように抱き竦める。
「鬼塚!冷静になれ!…女は大佐に仇討ちをしたのだ。君が女を殺してどうなる?大佐は生き返るか?負の連鎖が続くだけじゃないか!…それに…君が手を下さなくても、憲兵隊将校を殺害した女はどのみち死刑だ」

狂ったようにもがき、鬼塚は叫ぶ。
「俺がこの手で殺します!そうじゃなければ俺は…!」
今城は恋しいひとを抱きしめるように鬼塚を抱き留める。
「…君が大佐を亡くして辛い気持ちは分かる。
…だが、その女も同じだったとは思わないか?」
鬼塚の身体がびくりと震える。
今城のしなやかな手が、鬼塚の髪を労わりを込めて撫でる。
慰撫するような静かな声が続く。
「…鬼塚、大佐の言葉を思い出せ。大佐は君に生き延びろと言われたのだ。君に人生を大切にしてほしいと言われたのだ。
大佐の遺言だ。忘れるな。身体に刻み込め」
鬼塚の身体から力が抜ける。
崩れ落ちそうな頼りなげな身体を、今城はそっと抱き締めた。
「…大佐の遺言を忘れるな…」

…あとは、鬼塚の幼子のような慟哭が病室に響くばかりであった。

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