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女鑑~おんなかがみ~
第15章 幻滅
「倉持先生,君は,私の過ちが何であったのか,お判りですか。」
孝秀は,飲むことも食べることも忘れて,佐伯の話を聞き入っていた。
「いえ。佐伯先生は本当に百合子様に対してお優しかったのですよね。わかりません。
それとも,やはり,その,肉の交わりということも夫婦には必要だということなのでしょうか。」

佐伯は静かに息をついた。
「まあ,結果的にはそうだったのでしょう。
しかし,それ以上に私が実は,百合子のことを何も知ろうとしなかったということが,大きな間違いだったのではないかと思います。

私は,百合子の肖像を何十枚も描いていました。
名前も百合子なので,白い百合と一緒に描くことが多くありましたね。
白百合の花言葉は純潔です。
白い百合の花に,白いドレス姿の清らかな横顔という構図は十枚以上,ほかにも季節ごとのいろいろな草花を添えながら百合子を描き続けました。

そんなある日,百合子が私の描いた絵を何枚もめくって見ていました。
私は自分の絵を取り立てて隠すつもりはなかったが,あまり進んでは見せませんでした。
これほど多く描き続けるのは,彼女の命がもうあまり長くはないからだと,考えさせたくはなかったからです。

「先生,本当に美しい絵ですね」と百合子は無邪気に微笑んで言いました。
「全部,君だ。」
百合子は少し不満そうな顔をしました。
「これは,私ではありませんよ」
「あまり似ていなかったかな。ごめんね。実物のほうがずっと美しい」
「違います。でも,先生にはこのように見えているのですね。・・・それなら,わかりました。ありがとう」
このときの会話を期に,百合子の私に対する態度は,目に見えてよそよそしくなりました。
そしてある日,百合子は,「先生,今日はお友達のところへ出かけて参ります。」と言って出かけました。
日ごろから,「たまにはお友達と出かけてはどうか」と言っていた私は,喜んで妻を見送りました。

妻を見送ったあと,書斎に戻ると,飾ってあった花のうちいくつかが,花びらを外して,おしべとめしべが剥き出しの状態で私の机に置かれていました。
趣味の悪いいたずらをするものだと,私は思いました。

その日,百合子は帰宅しませんでした。
翌日から私は,百合子宛ての年賀状などを頼りに行き先を探そうとしましたが手がかりはありませんでした。
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