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女鑑~おんなかがみ~
第15章 幻滅
私はそれから,数十枚の絵を描き,そしてそれらをすべて五助に手渡してから,百合子を連れ帰りました。
百合子が私と五助のどちらを,より愛していたのかはわかりません。
私の感情は,たぶん,慈しみや情愛ではあっても,恋愛ではなかったと思います。それを思えば,五助のほうが百合子を愛していたのではないかと思います。
ただ,私は現実的なことを考えて,その後のことを決断しました。

何もなかったことにして百合子を連れ帰り,百合子の実家に対しては,「一時的に悩んで友人の家を訪ねたところ,体調が悪くなったので連絡が取れなかった」のだと苦しい言い訳をしておきました。百合子の大叔父は元校長ですし,父も役場で勤めており,そのほかの親戚も小学校の教師ばかりがいるような堅い家柄でしたので,離縁だの姦通だのというようなことが大げさになると,百合子の両親の面子をつぶすことになってしまいます。万が一百合子が,五助の住処で死を迎えた場合,百合子の両親は親戚や近所の手前,娘の死を悼むことすら憚られるということになってしまうわけです。

百合子も,そうなった場合に自分の実家の恥になってしまうことを何よりも恐れていましたから,それを受け入れました。そして五助には私の家にいつでも訪ねてくることを許しました。昔の教え子が恩師の家を訪ねてくるということであれば,それほど外聞の悪いことではありませんからね。

そして私は・・・結局,最後まで百合子を抱くことはありませんでした。百合子にせがまれて,試みたことはありましたが,どうしてもできませんでした。情けない男です。

最後は私と百合子の両親,そして「恩師を訪ねてきてたまたま居合わせた」五助で百合子を看取りました。私はその少し前から小学校の教員もやめました。小学校で教えていると,百合子の親戚のだれかと同僚になる可能性が非常に高いので,少し距離を置きたかったのです。師範学校の奉職義務(*当時,師範学校を卒業した人は,十年間以上教員をしなければならない義務があった)である十年が過ぎていましたから,ちょうどよい機会だと思って,昔から関心のあった博物学と絵を学びながら,中学校や商業学校で代用教員を始めました。
そうしていたころ,五助が再び訪ねてきて,絵の代金だと言って想像していたよりはるかに多くの金を渡してくれました。


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