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女鑑~おんなかがみ~
第16章 献身
「あの旦那様があちらへ行かれてからもう三十三年とは・・・」
久子はこの前の墓参りを思い出す。
みやこ呉服もいまではもうあのときの旦那様の孫の代になっているのだから早いものだ。

久子のこれまでの相手のなかではおそらく,最も好色で最も残忍でしかも醜い男ではあったが,なぜか今思えば,懐かしさばかりを感じた。

最初のころはただ辛いばかりだった。特に初めてのときは心の準備もなにもないまま突然だったのだ。

ねえさんたちの会話から,芸を売るはずの世界でも「そのようなこと」はあるのだと薄々知りながらも,それが何かをほとんど知らない十三歳で,十日ほど前に前に初潮を迎えたばかりだった。
後になって,あの旦那の悪趣味で,あえてその時期を選び,いきなりに強引に蕾を散らせたのだと知った。

逆らってはいけないとだけ,厳しく言われていたので,逃げたり暴れたりはしなかったが,本当にこのまま殺されるのかと思った。
「着物が乱れますので,どうか,お許しを」
先に着物を着つけてくれた人の苦労を案じながら言うと
「この着物はもともと,儂が選んで買ってやったんや。儂はホンマやったら,この着物は五十円ほどで売るところやけど,お前にやるんや。ちゃんと元通り着つけてやるから心配せんでいい。」
と言われ,五十円という大金に圧倒された。教師をしている叔父の給料の半年分ほどであった。
「今日は怖いやろけど,辛抱してくれたら,ここにある着物,全部あんたのもんや。
弟さんの学費も不自由はささへん。どうや,このまま言うこと聞いてくれるか。」

小紫は慌ててその場に座り「よろしおたのもうします」と頭を下げた。
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