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女鑑~おんなかがみ~
第16章 献身
「侍にとって,何よりも大切なのは誇りである。
武士たるものは,誇りを傷つけられるならば刀を抜くのである。お分かりか。
若槻少年は多感な十二歳。武士としての誇りを持つ多感な少年が,目にしたのはなんであったか。ああ何たることか。嘆かわしい。嘆かわしい。
ともに育った美しい姉が,こともあろうに,金はあっても卑しい商人に貢がせた煌びやかな晴れ着を着て,さらに,こともあろうに,自分たちの父親よりも遥かに年長の旦那に付き従って,花見をしていたのである。相違ないか。」
「……はい」
「花街で身に付けた色香と手練手管によって,大店の旦那を篭絡し,そしてよりにもよって,純粋無垢なる学童たちが遠足に来るような公園で,これ見よがしに豪華絢爛たる花見である。なんと,けしからぬ。このような軽佻浮薄の姉の振舞が,純粋で多感で誇り高い少年の心を,どれほど傷つけたことか,お分かりか」
「……あ,はい,」
頷くしかなかった。「これ見よがしに・・・」という言葉は小紫の胸に突き刺さった。自分が受けている寵愛によって,先輩にあたる芸妓も含めた大規模な花見が催されたのだと,誇らしく感じていたのは否定しようもない事実だったからだ。

「つまりだね,若槻少年は確かに加害者ではあるが,被害者ともいえるのであり,真の加害者は,多感な少年の誇りを傷つけた姉の小紫といえるのではないだろうかね」

何かが恐ろしく理不尽だということをぼんやりと思ったが,反論して説明するためには多くの言葉が必要であった。
人に逆らうのは何よりも悪いことだとばかり教えられてきた小紫は,ただ低頭して謝るしかなかった。
謝っているうちに,弟にも申し訳なく,旦那様にも申し訳なく,自分こそは疫病神のような女だと思えてきた。
置屋のおかあさんが横から
「巡査さまには,ご面倒をおかけいたしました。よく言い聞かせますので」と言って一緒に謝ってくれ,ようやく交番を後にした。

「あんたも災難やったね。あの巡査,あれも元はお侍さんらしいけど,講談師にでもなったほうがお似合いやろな。
まあ,こんな話にでも尾ひれがついて有名になったら,今度,あんたが舞台で踊るときの券が売れるようになる。けっこうなことや。
お師匠さんが,今度の都踊りにはぜひあんたを真ん中で踊らしたいてお言いやった。しっかり励みや。」

初めて優しい言葉を聞いたと思った。
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