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女鑑~おんなかがみ~
第11章 嗜虐
昔の苦い思い出をよみがえらせながら,若槻は答えた。
「お気遣いなく。姉上様を姉上様とお呼びして,傷つくような名はもうございませんので」
女将は笑って
「今度はこちらの名に傷が付くんだよ。大臣から頂戴した手切れ金をためながら芸妓を続けて,ようやく小さな妓楼を持って,田舎にしてはそこそこ客筋も良くなっているんだ。出来損ないのヤクザが弟と知れたのでは,こちらの商売に差し障りそうだ」と返した。

「私は,お前さんが帝大を出て高等官になる日を夢見て京都へ行ったというのに,まあ,こんなやくざ者になるとは・・・・」
「だから,確かに帝大を出て高等官になったではないですか。」
「あんなところで余計なことを言わなければ,綾小路さまのお嬢様をもらって,今頃はますます出世していたものを。大臣に写真を見せてもらったことがあるが,きれいなお嬢さんだったじゃないか。あのあと,何とかいうドイツ帰りの外交官のところに嫁いだらしいね。もう孫も大きくなっていると聞いたよ」

「姉上は今も綾小路さんと?」
「今は,さすがに男女の仲ではないが,ときどきはね。」
しばらく沈黙が続いた。
「で,今日はどういう?」
「そうだった。わざわざ世間話をするために呼び出したのではない。でも大体どんな話かはわかっているだろう。
どういうつもりで,あの娘をうちに寄越したんだ。
お前さんの考えそうなことをいろいろ推測しているんだが,どうも解せなくてね」
「別に推測などしなくてもよいでしょう。私の勘では,ああいう風に勝ち気で誇り高い娘は,出世すると思いますよ。姉上に似たところがある。」
「そうだろうかね。」
女将は否定しなかった。
「それより,輝虎は,あの娘を嫁にもらおうとは思ったことがないのか。
昔から知っていたんだろう」
「いきなり,何を言い出すのです。姉上は・・・」
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