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女鑑~おんなかがみ~
第11章 嗜虐
「今は,店のことをかなり任せている千鳥にも,最初はかなり無理させたけどね。
夕顔だけじゃないよ。だから私が鬼のような女だというような噂が女衒連中に広がって,お前にまで届いているんだろうがね。
けれど,不思議なもので,初めてのときに,嫌がったり泣いたりしていた娘のほうが,後からいい客が付くようになって出世するね。逆に,最初から平気な顔をして,言われるままにぼんやりと脚を開いているような娘はだめだよ。」
輝虎は,いろいろと居たたまれない思いがこみ上げてきて,思いつく限りの憎まれ口で返した。
「四十年も前にお別れした姉上は,武家の娘らしく慎み深い方だったと記憶しておりましたが,よりによってこのような房事の話題を弟の前で明け透けにお話になるとは嘆かわしい。母上が彼岸で泣いておられることでしょうね。
それもこれも,あの呉服屋のヒキガエルが,姉上をそのような下品な女に作り替えたのかと思うと,ますます憎らしくなりました。本当にあのとき,父上がお持ちだった脇差でも持参しておれば,一刀のもとに・・・・。」
「これは呆れた。父上の脇差って,あんなもの持って出かけたら汽車に乗る前に銃刀法でお縄だよ。父上が時流を弁えないお方だということは昔からわかっていたが,お前まで…。」
輝虎は,これは勝ち目がないと思った。
「参りました。本日はあれやこれやのことについて御指南いただき忝く存じます。
今度,所要で京都に参りましたときには,ヒキガエルの墓に参って小便でもかけておくことにいたします」
そういって,かなり強引に料亭での酒食代の倍ほどの金を置き,姉を残して席を立った。

*************
帰り道に一人でぼんやりと歩きながら,姉上もそうなのか,と思った。
饒舌なヒキガエルが姉のことを話すのを聞いて以降,少年だった輝虎は,姉の夢を見ながら精を吐くようになった。

輝虎はそのような自分を嫌悪し,脳裏に姉の姿が浮かぶたびに冷水をかぶって学問に励んだ。女遊びもせず,生身の女を知らずに帝大を卒業し,官職に就いた。当時は,操子の兄である孝秀以上の堅物だったのだ。
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