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女鑑~おんなかがみ~
第11章 嗜虐
若槻が初めて倉持木材を訪ねたとき,それは当時「若旦那さま」と呼ばれていた操子らの父に呼び出されたのであるが,その日は,先代の大旦那さまが村長の息子の婚礼に招待されていた。若旦那である倉持猛は,舅の留守を選んで若槻を家に招いたのである。

土地の売買か何かに関する相談を切り上げてそろそろ席を立とうとしたとき,その大旦那さまが帰宅して,いずれも尋常小学校に通う二人の孫たちが出迎えようとしていた。
「おじい様,村長様のおうちの婚礼はいかがでしたか。」と兄が駆け寄ると,後ろから妹も「私も花嫁さんを見たかったのに。今度は連れて行ってください」と後に続いた。

微笑ましい姿だと思いながら,若槻は子供たちの様子を見ていた。
「私も早くお嫁さんになりたいな」という妹はまだ小学校の低学年で,横にいる兄は五年か六年のようだった。
「操子が嫁にいくなんて僕は嫌だな。親切で優しい人かどうか,僕が確かめてやるよ。操子もこの家でずっと一緒に居れたらよいのにね」と兄のほうが言った。
この年頃の子供ならそういうことを考えるものだろうと若槻は思い,同時に自分がこの年頃だったころに,姉が京都へ行ってしまったのだということをふと思い出した。妹のほうはおそらく,お兄ちゃんのお嫁さんになるとでも言い出すのだろうかと思って聞いていると幼い声で予想もつかない答えが返ってきていた。
「私は平気。狼でも虎でも蛇でもカエルでも,誰のところにだって行くわ。こわくなんかないもの。
だって,お兄さま,西洋の童話では,カエルのお嫁になったお姫様も,森で迷ったお父さまのために恐ろしい獣のお嫁になった娘さんも魔法が解けて幸せになるでしょ。」
「操子は馬鹿だなあ。そんな奴が操子を嫁にもらいに来たら,僕がやっつけてやるからな。それは童話で空想上の物語だよ。八つにもなってグリム童話が本当のお話だと思っている子なんかいないぞ。そんな魔法があるわけないだろう。ずっとカエルや獣のままだったらどうするんだよ。」
「それでもいい,怖くないから」
若槻は,どんな少女なのかと思って立ち上がり,子供たちが遊んでいるところを見た。
小柄でおとなしそうだが,恐ろしく勝ち気な目をしている。幼いころの姉を思い出した。これに対して六年生だという兄のほうは,女の子かと思うような優しくて美しい表情をしており,「獣をやっつける」のは無理そうに見えた。
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