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姦譎の華
第5章 5
「そうですか。わかりました」

 島尾が舌打ちをする前に、女がフッと息を吐く。

(やった……。やってやった……!)

 今まで生きてきて、こんなにも首尾よく事が運んだことがあっただろうか。さあ何からどうしてくれよう。そういえば相手が要求を呑んでから、何をどうするか全く考えていなかった。いいや、考える必要はない。やりたいことを、やりたいように、やりたいだけやればいいのだ。

「じゃさっそく……」

 口を開くと、女がすっくと立ち上がった。

 予想外の行動に怯む島尾たちをまるで意に介さず、テーブルに抛たれていた書類を隣の席にあったバッグにしまいこんでいる。

「お、おい……」
「この件は社長にご報告します。資料の件もそうですが、今、あなたたちが私に対して卑猥な発言をしたことも、しっかりとお伝えしますから」

 こちらを見ずにスラスラと言ったかと思ったら、コートを腕にかけたまま出口へと向かい始めた。

「お……、おいってっ……!」

 何が起こっているのか理解できなかったが、とにかく慌てた島尾は、稲田を押しのけて女の前へと立ち塞がった。

「通していただけませんか?」
「いいのかっ、こ、これが表に出たら、あんた、ど、どうなるかわかってるのかっ」

 女は嘆息混じりの微笑をすると、コートのポケットを探り、

「さあ、それはどうでしょう? もう示談まで成立してるのですから、ここへきて経営陣が蒸し返すとは思えません。口封じをするにしても、私と、あなたたちと、どちらが選ばれるかは……ご自分たちでおわかりになられますよね? セクハラでは済まされない、卑劣な脅迫までされたわけですし」
 取り出したボイスレコーダーの赤いランプを消した。「職務上、いつも持っています。お忘れなく」

 島尾は必死に次の手を探したが、畳み掛けられる言葉の咀嚼が追いつかず、言語野を失ったかのように口を開けていた。女の背後では、稲田が両足を震わせて今にも崩れ落ちそうである。

「ということですので、どいていただけませんか?」
「しし、しかし……」

 もう一度、軽い鼻息が聞こえると、

「どきなさい!!」

 機密性が確保されている応接室だけに、厳しい叱声は二人の頭の中だけにしたたかに響いた。










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