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姦譎の華
第6章 6



 あらためて足元を見やった稲田は、この聖殿が細いヒールと小気味良く締まった足首だけで宙に支えられているとは、到底信じられなかった。悩ましい起伏はあくまでも装飾であって、長い脚は垂線が透け見えるほどまっすぐに、奇跡的なバランスで重心を保っている。逆に、神秘の力を宿した中枢が、二本の柱を地へ向けて吊り下げているのではないか。そう考えたほうが、この方が社内を颯爽と歩く後ろ姿と相俟って、むしろ納得感があった。

 未知のかぐわしさに誘われて、再び上空を仰ぐ。

 疲れた腕がいつのまにか下がっており、天幕は太ももの中腹まで落ちて暗がりの中に仙界を沈ませていた。しかし両側から迫る曲線に行き径を狭められてはいても、薄闇のかすか最奥に、天女の丘影を確認することができた。

 匂いを辿って上を目指す。
 参道が、進むにつれて左右から壁を迫らせてくる。

「ちょっ……」

 聖女がたじろいだが、稲田はなりふり構わず顔をねじ込んでいった。

 よじ登る手より先に、鼻面によって裾が捲られていく。頬に触れるストッキングの感触に白目を剥きそうだ。

 目的地を視認できなくとも、息を潜めている御神体は密度の高い香気を充溢させ、隠れ場所を知らせているようなものだった。近づくにつれて柱が何度も左右へ捩れる。もうすでに一度拝覧した蠱惑の楽園。咽せそうな甘香でいざなっておきながら、聖域は憐れな参礼者に退去を命じているのかもしれなかった。

「じっ、としてくだ、さい、じじ、じっと……」

 今思えば、あまりに安直な計略だったと恥じ入ってしまう。

 いくら会計の不正を突き止め、証拠を突きつけたところで、自分たちのような下郎がこの御方を思いのままにしようなんて、身の程知らずにもほどがあったのだ。島尾を止めるべきだったと悔やんでも遅く、陋劣な要求を録音された上に厳しい一喝を浴び、何もかもが終わったと思った。

 けれども聖女は、突然、翻意されたのだ──

 もしまた心変わりされるというのなら、スカートを捲ったときのように、もう一度、お伺いを立ててみるべきなのかもしれない。
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