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花の輪舞曲
第1章 夜啼鳥の小夜曲
桂川にかかる橋…渡月橋に着くころには、夕闇が迫っていた。
川面に吹く風がやや冷たい。
京都の春は陽が落ちてからぐっと冷え込むのだ。
薄着の笙子の華奢な肩が気になり、黙って自分の上着を脱ぎ笙子に掛ける。
慌てて笙子が上着を返そうとした。
「私は大丈夫です。環さんが寒くなってしまいます…」
怒ったように、再び着せかける。
「俺はいいから。あんたに風邪でも引かせたら、千紘に嫌味を言われるからな…」
ふんと欄干にもたれかかる環を見つめ、笙子はそっと礼を言った。
「環さんはお優しいんですね」
柔らかな声を、うざったいように眉を顰める。
「優しい?…ふん。あんた、俺が何でここに預けられたか知らないの?真実を知ったら、あんたは多分俺と口を聴きたくなくなるだろうね」
「なりませんわ。あの…どうして学校を休学に…?」
きっぱりと否定する笙子の貌には人を疑う色も、取り繕う色も何一つなかった。

穏やかに流れる川の水面を見つめながら、環は独り言のように口を開いた。
「…ある日、学校でタチが悪い上級生が俺に絡んできた。やらせろよ…てね」
「…あ…」
…星南学院は男子校だ。
笙子は思わず頬を赤らめた。
「冗談じゃない。かわして行こうとすると、奴がせせら嗤った。
…どうせお前もお前の母親みたいな淫乱なんだろう?誰彼構わず男に媚びを売る…。何が社交界の花だ。
男を渡り歩き、食い物にしているだけじゃないか。
…お前だって、本当に父親の子なのか?浮気相手の子どもなんじゃないか?お高く止まるなよ、淫売の子…てね」
「…そんな…!」

環は淡々と続ける。
「俺は黙って奴を殴りつけた。殴って殴って蹴り倒して…気がついたら奴は失神していた。
…俺は奴の肋骨を三本と鼻の骨をへし折っていた。
教師とシスターが飛んできた。
俺は無期限の謹慎処分、奴はお咎めなしだ。
俺がいきなり奴に暴力を振るったことになってるからな」
「喧嘩の経緯は仰らなかったのですか?」
「言うわけないだろう。そんな面倒くさいこと」

…両親にも訳は話さなかった。
父親は激怒し、母親は環の処遇に困り果て、自分の実家に押し付けた。

「俺は貧乏クジを引いただけさ。笑えるよなあ」
乾いた笑いを漏らす環に、きっぱりと反論する。
「そうは思いませんわ。環さんはご立派です。
私…私が環さんでも同じことをすると思います」

環は驚いて振り返る。




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