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せめて、今夜だけ…
第7章 夜明けのコーヒーを
催眠術にかかったみたいに声が出ない。

何やってんだよ、俺…っ。
今呼び止めないと、本当に今度こそ…、2度と会えなくなるぞっ!
なのに、何で声が出ないんだ…っ?
今すぐ追いかけて抱き締めたいのに、根でも生えたかのように足すら動けなくなってしまった。

「…………っ!」

声が出ない…、体が動かない…っ。


去っていく魚月の背中を見ながら、俺は何も出来ないでいた。
声も出せず、引き止める事も出来ず。


心底愛していても、心底想っていても、あの女は人のものだ。
俺に引き止める権利なんかない。
俺は魚月にとってただの客でしかない。

俺には、魚月を引き止める権利も理由もない。



俺には、何もない……―――――――。



何も出来ないまま、去り行く魚月の背中を見つめる事しか出来なかった。
黙ったまま、立ちすくんだまま、ただただ魚月の背中を見つめていた。



「何、で………っ」



心の中では必死に叫んでた。
必死に魚月の名前を叫び、自分の想いをずっと叫んでた。



―愛してる…―




「何で…、俺のもんじゃねぇんだよ…」









どんよりと曇った空を見上げた。
鉛色の分厚い雲がかかった空は何も答えてはくれない。

どんなに愛しても、自分のものにはならない。
あの夏の日に感じた、懐かしい想いにも似た感情。




やっと気づいた感情は、またもや俺を突き放し、俺の胸を締め付けて来る。

2度目の恋は、あの夏の日よりも痛い。








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