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せめて、今夜だけ…
第9章 天使と悪魔
大好きな女に会いに行くなら、ある程度の身嗜みは整えるだろう。
だけど、今の俺にはそんな余裕なんかない。


「――――――――っ」



財布と携帯と鍵だけを持ち、着のみ着のままで家を飛び出した。
魚月に会えると思うと、少しの時間も惜しかった。
一分一秒でも早く会いたい、そんな気持ちの焦りを抑え切れなかった。



魚月に呼び出されたのはホテルの一室。
ファミレスやカフェだと俺と2人で会ってるのを誰かに見られ兼ねない。
相手は大企業の御曹司だし、それなりに有名な人物。
そんな相手の婚約者なのだからスキャンダルは命取り。
密室ならバレないと思っての事だろう。


指定されたホテルまでは歩いて30分というところ。
体力には自信がないが俺の足は空を蹴るように急いでいた。

頭の中には魚月の事しかない。

会ってどんな話をされるのかなんて頭になかった。
ただ、魚月に会いたい。
会って、声を聞いて…、逸る気持ちが余計に俺の足を急がせている。


「はぁ、はぁ…」


会って、何を話す?
今日の事について問い詰められる?
それなりの言い訳を考えてからの方がいい?


「はぁ、はぁ、は…っ」


考えが纏まらないままに、気づけば俺は魚月が指定したホテルに到着していた。

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