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エメラルドの鎮魂歌
第8章 エメラルドの鎮魂歌 〜終わりの序曲〜
愛犬バロンを連れ、散歩から帰った瑞葉を八雲はやや眉を顰め、玄関ホールで出迎えた。
「瑞葉様、陽が高い内はお一人でお歩きになるのは危険です。
誰が見ているか分かりませんから…」
瑞葉は藤色のローブを脱ぐと、八雲を見上げ微笑んだ。
「八雲は心配性だね。
この辺りのひとはもうとっくに東京に帰ってしまったよ。…それに、敷地内なら誰にも会わないよ」
ローブを受け取りながら、八雲は苦言を呈する。
「小作人たちも徐々に戦地から帰郷し始めております。
いつ、お姿を見られるか…」

少しの躊躇ののち、瑞葉は口を開いた。
「…ねえ、八雲…。
僕…もう歩けることが知られてもいいかな…て思い始めているんだ」
「…え?」
八雲が端正な眉を上げる。
美しいエメラルドの瞳が、男を捉える。
「…戦争は終わった。これからは新しい時代が来る…。
…僕も…新しい人生を生きてもいいかな…て」
深い瑠璃色の瞳が、じっと瑞葉を見下ろす。
「…ここから出ていらしたいと言うことですか?」
瑞葉は首を振る。
「違うよ。八雲と二人、自由に生きたいんだ。
お前と二人で、色々なところに行きたい。
色々な経験をしたい。
…もっと勉強したいし、働いてもみたい。
…僕に…何ができるか分からないけれど…」
「瑞葉様…」

首を巡らし、玄関ホールの壁に飾られた白い海軍士官姿の和葉の写真をじっと見つめる。
「…僕は和葉の分も…和葉の人生の分も大切に生きなくちゃ…て考えるようになったんだ…」
瑞葉の視線を追い、八雲の貌に静かな翳りが帯びる。
「…和葉様の分も…。
…そう…そうですね…」

瑞葉の手が、八雲の手を強く握り締める。
「…でも、お前と一緒じゃなきゃ嫌だ。
僕の隣には、いつもお前にいて欲しい。一生だ。
…ねえ、八雲。一緒に…新しい人生を生きてみようよ」
「…瑞葉様…」
…しかし、その手が握り返されることはなく、そっと抜かれた。

そして…
「…私にそのような資格があるとは、到底思えません…」
無機質なその言葉を残し、美しき執事は瑞葉にゆっくりと背を向けたのだ。
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