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〜 夏の華 ショートストーリー集〜
第8章 天の川にお願い 其の一
「七夕をやろうよ」
そう言いだしたのは暁だった。
「…七夕…ですか…」
月城は戸惑いながら答えた。
言わずもがなことだが、フランスに七夕の日も習慣もない。
昨年まで、だからここニースの二人の家で七夕を祝ったことはなかった。
「七夕、やろう。
別に本式にやらなくてもいいんだ。
この短冊に願い事を書いて…庭のオリーブの枝に飾ろう」
「…オリーブの…ですか…」
フランスに笹は当然ない。
オリーブに短冊…。
なんだか妙な組み合わせだ。
難しい貌をする月城を他所に、暁は楽しそうに色紙を縦長に切った短冊にペンを走らせ始めた。
「月城も書いてね。…あ、書いたのは見ちゃダメだからね」
「…はあ…」
…庭に飾るのに見るなとは難しい注文だ…。
そう思いながらも、大人しくペンを取った。

小一時間ほどして書き上がった短冊を飾りに二人して庭に降りた。

…空には眩いばかりの天の川が宝石の如く煌めいていた。
暁が明るい歓声を上げる。

「良かったね。織姫と彦星は逢えたね。
一年に一回だもの。逢えないとかわいそう…」
「…はい…」
…相変わらず優しいひとだと、月城は暁を優しく抱き寄せる。
恥ずかしそうにおずおずと身を寄せる暁は、何年経っても初々しさを失わない月城の愛おしい伴侶だ。

「…ねえ、いいでしょう?願い事を見せてください」
額に甘いキスを落とし、ねだる。

暁は潤んだ瞳で月城を見上げ…素直に頷いた。

そうして、月城に見せながらオリーブの枝にこよりで結ぶ。
「月城が漁で危ない目に遭いませんように」
「月城が健康でありますように」
「月城が百まで生きますように」

月城は堪らずにため息を吐く。
「私の心配ばかりだ…」
暁が悪戯めいた眼差しで一枚の短冊を見せる。
「月城が浮気をしませんように」
夜目にも白い暁の頬を両手で挟む。
「心外ですね。浮気…するように見えますか?」
闇より黒い潤んだ瞳が瞬いた。
「…だって…月城、かっこいいから…」
甘く唇を奪おうとする月城に、もう一枚の短冊を見せた。
「…ずっとずっと月城に愛されますように…」
艶めいた美しい瞳が微笑った。

…完敗だ…。
月城は端正な眉を顰める。
…この人に関することで、自分は勝てたことは一度もない…。
「…お手上げです。…それから…」
…愛しています…貴方だけだ…。

蜜より甘く囁きながら、月城は暁の唇を塞いだのだった…。
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