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〜 夏の華 ショートストーリー集〜
第3章 ままならぬ想い
…朝未だき…。
波の音だけ、間断なく聞こえる。
冬の夜明けは南仏とは言え、遅い。
カーテン越しの薄明かりが、暁の白い端正な貌を照らす。
裸の身体を冷やさぬように抱きしめながら、月城はその貌を覗き込んだ。

…昨夜のあの淫らさは嘘のように楚々とした表情だ。
このひとの聖性は、決して喪われることはない…。

愛おしさから微笑しながら貌を近づけると…。
…その薄紅色の唇が、そっと開いた。

「…はるまさん…」

…ん?
月城は思わず寝台から起き上がり、暁の貌を凝視した。
「…はるまさん…ありがとう…」
微笑みながら寝言を呟くと、再び眠りに就いた。

…これは…由々しき問題なのではないか?

月城はその彫像のように怜悧な貌を強張らせた。
形の良い眉に深い皺を寄せる。

…夢でほかの男の名前を呟き…お礼を言う…。
どういうことだ?

月城は今一度、暁の貌を見つめる。
その白い花のように清楚な貌には、邪心など微塵も感じられない。

はるまさんとは、大紋春馬のことだろう。
…暁のかつての恋人で…初めて身体を与えた男だ…。
二人は愛し合っていたが、別れざるを得なかった。
その愛の深さを知っていた月城は、暁と結ばれても度々嫉妬に胸を焦がした。

…だが今は…。

暁が月城だけを愛していることを、百も承知だし疑ってはいない。

…けれどこうして寝言で名前を呟く様を見ると…無意識にはまだ大紋に想いがあるのではないか…。
そう思ってしまうのは否めないのだ。

「…私は…相変わらず心が狭いな…」
ぼそりと呟く。

…その声に、暁がふと目を覚ました。
長い睫毛を震わすように瞼を開き、月城を見つけると赤ん坊のように無垢に笑った。

「…おはよう、月城。
…今ね、春馬さんの夢を見たよ」
「…そう…ですか…」
つい声が硬くなる。
「春馬さんがね、僕と月城が幸せになって良かったね…て言ってくれて…嬉しくて三人で笑ったんだ。
すごく良い夢だった。
…きっと、皆んな無事だよね?春馬さんも兄さんも光さんも…あっ…!月城?」
「…すみません…暫くこうしていいですか…」
その華奢な身体を抱きしめる。
暁への熱い想いと、自己嫌悪と…様々な思いがないまぜになる。
…このひとのことで思い通りになったことは一度もない…。
込み上げる想いの月城を、暁が黙って優しく抱きしめ返した。
聖夜は今夜だ。

〜fin〜




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