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〜 夏の華 ショートストーリー集〜
第4章 あの日の約束
病室のベッドで本を読んでいると、ノックの音が聞こえた。
…家に帰ったはずの小春が忘れ物でも取りに来たのかな…。
「どうした?小春…」
声をかけると、貌を覗かせたのは弁護士の大紋であった。
「…あんたか…」
人好きする笑顔で近づいて来る。
「今、妹さんとすれ違ったよ。相変わらず驚くほど美人だね」
鬼塚がじろりと大紋を睨む。
「…妹に手を出したら殺すからな」
弁護士は陽気に笑った。
「君が言うと冗談に聞こえないな。
大丈夫。私は愛妻家で有名なんだ。
…妻には若い頃にとても悲しませてしまったから…私の余生は彼女に捧げると決めているのさ」
しみじみとした物言いには、鬼塚の知らない大紋の複雑な思いが感じ取れた。
「…人は、知らず知らずに傷つけてしまうものだ。…あんたが故意に奥さんを悲しませるとは思えない」
大紋は少し眩しげな表情をした。
「君はやはり変わったな。とても人間らしくなった。そして…とても優しくなった」
照れ隠しに隻眼で睨む。
「今度は俺を口説くつもりか。悪徳弁護士」
「まさか!私はそこまで際物好きではない。寝床で寝首を搔き切りそうな相手とは同衾する気になれないね」
「だから!何しに来たんだよ!オッサン!」
喚き散らす鬼塚に、大紋は涼しげな貌をして書面を取り出した。
「…宮本幸子の執行猶予が決まった。昨日、出所したよ。子どもたちと一緒に田舎に帰ることにしたそうだ。
心機一転、生き直すと私に初めて笑いかけてくれた」
鬼塚は書面を食い入るように見つめ、低く呟いた。
「…そうか…良かった…」
「君のことを許してはいないが、もう忘れて生きていくと…そう言っていた」
「…うん…」
「…それから…君が情状酌量を訴える証言を提出してくれて、ありがとうと伝えてくれと頼まれた」
「…そんな…俺は…礼を言われるような人間じゃない…俺は…このひとの…」
俯いたまま震える声が途絶えた。

大紋は温かな手で鬼塚の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「…宮本幸子はもう君のことを忘れると言った。
君は、君ができる限りの償いをすれば良い。
…それは、まず君が幸せになること。そして、周りの人々を幸せにすること。それが償いの第一歩だ。
私も微力ながら力になるよ」
鬼塚は大紋を見上げた。

…あの雪の日の夜、熱い餞別の言葉を送った大紋の瞳とそのまま重なり、それは再び柔らかな微笑みとなった。


〜fin〜
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