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SS作品集
第10章 黒い時計
その晩、僕は大分酔っぱらっていた。
久し振りにバーへ行くと、以前からお気に入りのホステスの誕生日。
そんな日に渋るわけにはいかない。僕は彼女の勧めるままに呑み、普段は苦手なカラオケまで唄った。
気分がいい千鳥足での帰り道に拾ったのは、黒い時計。
僕は酔った頭で儲けたと思い、そのまま家へと持ち帰った。
朝になって目を覚ますと、拾った時計が枕元に置いてある。
見ると、デジタルの表示は9:22。会社の始業は9時で、もうとっくに過ぎている。
それでも僕は支度を始めた。その途中に部屋の時計を見ると、まだ8:40。
会社までは30分かかる。少しはホッとしたが、遅刻には間違いない。
会社で時間を合わせようと思い、僕はあの黒い時計を鞄に入れて部屋を後にした。
9:14にタイムカードを押し、何とか自分のデスクに着く。
幸運なことに、口煩い課長はどこかへ行っている。僕は鞄から黒い時計を出してみた。起きた時と同じ、9:22で停まっている。
デスクの時計は、今やっと9:20。時計のあちこちを見たが、回せるネジも開けられそうな所もない。形は普通の腕時計だが全体が薄めで、時間、分、秒数を表示する大きな画面しかついていない。
「何だ、オモチャか……」
呟いた時、肩を叩かれて振り返ると、課長が立っていた。
「おはようございます」
「今タイムカードを見たけど、遅刻だったね。それにちょっと酒臭いよ。社会人ならもっと……」
ネチネチした長い説教に頷きながら手にしたままの時計に目を遣ると、秒数が動き始めている。デスクの時計と秒数まで同じ。
課長の説教が終わり自分のデスクへと戻って行くと、僕は黒い時計を見つめた。何もしていないのに、急に時刻が進み始める。
止まったのは、22:14。
壊れているのだろうか。
だが、会社のごみ箱へ入れるわけにもいかない。清掃員がゴミ箱へ落したと思い、デスクへ載せられるだろう。
黒い時計を鞄にしまうと、僕は仕事に集中した。