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SS作品集
第29章 手帳
この世界が特別嫌な訳ではなかった。
どこでも構わないから、ずっと続く生活がしたい。
それは、贅沢な悩みではないと思う。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
目覚めると、天井にはシャンデリア。洋室でベッドだが、かなり古い時代に感じた。
またかと思い、洋ダンスから手帳を出そうとベッドを降りる。
「あ……」
タンスそのものが無い。
ノックの音の後、「失礼致します」という声。
ドアが開くとクラシカルなメイド服姿の女性が入って来た。
「旦那様。奥様は、お嬢様とお出かけでございます……」
艶っぽい目で見られ、僕は困ってしまう。
僕はどこかの世界で、メイドと浮気をしていた。
だがそれは複数の世界で、今がどれなのかは思い出せない。
「ここにあった洋ダンスは?」
「はい。古くなったので、奥様が処分なされました。明後日には、新しい物が届きます」
それを聞いて僕は血の気が引く。
「中にあった物は!?」
「奥様が整理しておられました。大切なものか確認してらっしゃいましたので、別の部屋で保管してあるそうです。それより、旦那様……?」
メイドは甘えるように言うが、僕はそれどころではない。
あの手帳には、メイドと浮気していることも書いてあるはず。僕が思い出すために。
「妻は、いつ戻るんだ?」
「さあ……。ご実家へ行くと仰っていましたが。お荷物は多かったですよ?」
見られた。
この世界で僕がどういう立場なのかは思い出せないが、不味い状況なことだけは分かる。
「ご主人様……」
メイドは抱き着いてきたが、僕は呆然と立ち尽くすだけだった。
了
神の悪戯か。自業自得か……。