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僕の美しいひと
第7章 僕の美しいひと
「お久しぶりね、郁未さん。
…お元気そう…ではないわね…」
しっとりと謎めいた微笑みを浮かべ、貴和子は郁未の隣のスツールに静かに座った。
郁未は信じられぬ想いで、貴和子を見つめた。

「…貴和子さん…。欧州から帰っていらしたのですか…?」
バーテンダーから薄いシャンパングラスを受け取り、瑞々しい紅色の唇をそっと付けた。
「ええ。つい最近に。
…私、再婚したの。フランス人のヴァイオリニストと。
だから日本に帰国するのは多分これが最後…。
来週にはパリに戻るわ。
…彼とずっと一緒に暮らすために…」
「…そうですか…。
それは…おめでとうございます…」

…だからか…。
郁未は思った。
貴和子は長く美しい髪をばっさりと断髪にしていた。
前髪を眉辺りに揃え、美しく白い頸が露わになったそのボブカットは、大層前衛的で…そして貴和子にとても良く似合っていた。
濃い苺色の細いストラップドレスから覗いた肩や腕は白く華奢で、以前と少しも変わってはいなかった。

…しかし、その表情は輝くように明るく…どこか穏やかであった。
以前の美しいが何処か寂しげで頽廃的な色は跡形もなかった。
…そこには至極普通に…満ち足りて幸せそうな美しい婦人が存在しているだけだった。

「…貴和子さんがお幸せそうでなによりです」
貴和子から取り返したグラスの酒を一気に煽る。
バーテンダーにお代わりを要求する郁未を、優しい姉のように見つめながら、わざとため息を吐いてみせる。
「…相変わらず、郁未さんは不器用なのね」
「…え?」
「まだ好きな方に想いを遂げられていないのね。
…ううん、違うわね。あの時の方とは別のひと…。
…しかも、お互い想い合っているのに、踏み出せなくていらっしゃる…。
そんな恋ね…」

貴和子の謎めいた眼差しは相変わらずであった。
郁未は苦笑した。
「まるで占い師ですね」
「そう、私は何でもお見通しなのよ。
…だって、貴方は私の特別なひとですもの…。
お貌を見ただけで、心の中まで分かるわ」
美しい瞳に流し目をされ、郁未は肩を竦める。
「…それは怖いな。
貴和子さんは占い師ではなくて、美しい魔女だ」
そうして、二人は眼を合わせ…まるで姉弟のように屈託無く笑いあったのだ。


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