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僕の美しいひと
第7章 僕の美しいひと
鬼塚の運転は荒っぽいが巧みだ。
滑らかにハンドルを切りながら、なだらかな洗足池の坂道を一気に下ってゆく。
フロントガラスに淡い雪の結晶が、ふわりと舞い落ちる。

「…覚悟は決まったか?」
前を向きながら鬼塚が尋ねる。
郁未ははっきりと頷いた。
「うん。決まった。
僕はやっぱり清良を諦めたくない。
彼女の一番そばにいたい。
例え、その結果清良を傷つけることになっても…。
…僕は…院長失格だな…」
苦しげに眼を伏せる。
「欠点があるのが、人間だ。
…それに…お前は完璧な院長じゃないかも知れないが人間味ある優しい院長だ。
ひとを愛せない人間に、子ども達は導けない。
俺は、そう思う」
「…鬼塚くん。…ありがとう…」
郁未は鬼塚の横顔を見つめる。
…引き締まった端正な貌…。
その眼差しは鋭いが、実はとても優しく温かいのだと言うことを郁未は知っている。
…なぜなら、十四歳からずっと見つめて来たからだ。

「…鬼塚くん。僕は君が好きだったよ…」
不意に郁未の口から出た告白に振り向き、ことさら驚かずに答えた。
「…ああ」
「…君が美鈴さんと結婚した時、吹っ切れたように見せてはいたけれど…本当はそうじゃなかった。
…ずっと好きだった…。忘れられなかった…」

…本当だ。
自分の心に嘘をついて、恋心をひたすら隠した。
見ないふりをした。
忘れたふりをした。
「…そうか…」
淡々とした声が続く。
否定も肯定もしない…ただ郁未の言葉をそのまま受け止めている声だ。
「…けれど、本当はきちんと君に告げるべきだった。
君に好きだとちゃんと告げて、そしてちゃんと失恋して前を向くべきだったんだ」
「…郁未…。ありがとう」
鬼塚の大きな手が昔のように郁未の髪を優しく掻き回した。
その温もりから愛が伝わる。
…恋ではないが、郁未を大切に思ってくれている温かい愛が、染み入るように伝わる。

郁未は一点の曇りのない笑顔で、鬼塚に伝えた。

「僕こそ、ありがとう。
僕はもう迷わない。清良に堂々と告げるよ。
…君を、愛していると」

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