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実業家お嬢様と鈍感従者
第11章 仮面舞踏会

「私が紳士など……おこがましいです」

彼はそう謙遜して苦笑する。

「ヘンリーは紳士よ。急に貴方一人で大人になってしまって……私は寂しかったわ」

「お嬢様こそ……もう立派な淑女になられました」

お互いそう言うと、照れくさそうに苦笑した。

アンジェラ達は何曲も踊った。

最近のヘンリーは必要以上に彼女との距離を置いていたので、アンジェラは久しぶりに過ごす彼との濃密な時間に陶酔しきっていた。

舞踏会も佳境に入ってきたのか、アップテンポだった曲想がゆったりとしたものへと変化する。

先程よりより近く身体を寄せた静かなダンスに、アンジェラは自分の身体が再び熱くなってくるのを感じた。

(永遠なんてものがこの世に存在しないことは、嫌というほど解かっている……。でも、この時が少しでも永く続いてくれたらいいのに……)

彼のリードで夢見心地に踊っていたアンジェラだが、しかし ふと『仮面舞踏会の持つ役割』について思い至り、強引に現実へと引き戻された。

さぁっと全身から血の気が引いたかのように、火照っていた身体が急速に冷たくなる。

仮面舞踏会。

上流階級でのそれは、お互いの身分を隠し一夜限りの会瀬を楽しむ為に行われると聞く。

「……――っ」

アンジェラは絶句した。

直ぐ目の前にある、頭を倒せば直ぐ触れられるヘンリーの広くて逞しい胸。

今夜、ヘンリーの目に止まった幸運な誰かが、この胸に一晩抱かれる……そして、それは、

決して自分ではない――。

そう思うとたまらなくなり、堪えきれない涙が目から零れ落ちる。

仮面があって良かった。

顔を上げない限り、背の高い彼からは泣いているとばれない。

止めどなく溢れる涙は頬と顎を濡らし、大きく襟ぐりの開いた胸にパタパタと落ちる。

アンジェラは必死に平静を装って踊り続けていたが、ヘンリーは彼女の様子がおかしいと悟ったのだろう、足を止めると組んでいたホールドを解き、屈んでアンジェラの顔を覗き込んできた。

視界一杯に仮面の奥にある、彼の美しい翡翠色の瞳が映る。

そして彼の瞳にも、仮面を付けた自分の顔が映りこんでいるのに気づく。

(貴方の瞳に、いつも私だけを映していて欲しかった――)

アンジェラは酒に酩酊したかのように意識が朦朧となった。

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