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実業家お嬢様と鈍感従者
第11章 仮面舞踏会

五月蝿かった心臓の音も、小さな楽団の演奏も何も聴こえない。

ただ指で彼の形の良い唇をそっとなぞり、しっとりとした触り心地を堪能する。

そして気が付くと、自分の唇をヘンリーのそれに重ね合わせていた。

(ヘンリー……。ヘンリー……っ)

夢中で彼の唇の味を確かめるように、角度を変えて何度も吸い付く。

初めてする一方的な口づけは稚拙で、もっとも触れたい、彼を感じたい……と触れているのにより切なさが増して、アンジェラは焦燥感に突き動かされる。

しかしヘンリーの唇がぴくりと震え、彼女はようやく我にかえって唇を離した。

「………………」

(私……、何を……)

ヘンリーは瞳を見開いてアンジェラを見つめていた。

かっと頬が熱くなり居た堪れなくなった彼女は、文字通りその場から逃げ出した。

長い裾を踏んで転げそうになりながら長い回廊を走り、私室へ飛び込む。

ハアハアと切れる自分の息以外に、物音がしないか耳をそばだてる。

しかし辺りはしんという音が聞こえそうなほど静まり返っていた。

ヘンリーは追っては来なかった。

ほっとしたような救いようのない惨めで切ないようなごちゃ混ぜの感情が、小さな頭の中で渦巻く。

「……キス……、しちゃった……」

何が何だか混乱し恐慌を来したアンジェラは、ドレスが皺になることも忘れベッドに飛び込み、声を押し殺して一晩中泣いた。




「……お嬢様」

ヘンリーは走り去るアンジェラを、呆然と見ているだけしか出来なかった。

ただ吃驚した。

彼女が自分の唇に指で触れてきたとき、彼の脳は自分の体に「離れろ!」と懸命に信号を送っていた。

しかしヘンリーには出来なかった。

彼の心は確かに彼女から離れたくないと思っていた。

そして、まだ男を知らない十六歳の子供に一方的に拙い口付けをされ、ましてや、彼女に下唇を食むように吸われた瞬間、身体の中をぞくりとした快感が貫いた。

感触を思い起こすようにそっと唇を舐めると、彼女の涙のしょっぱさが口の中に広がった。

(子供だと思っていたのに、いつの間にあんなキスをするようになったのだろう……)

急に言い様のない苛立ちが胸の中を支配する。

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