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実業家お嬢様と鈍感従者
第11章 仮面舞踏会

アンジェラは自分の事を好きだと言ったその口で、彼の目の届かない所でマットともう、口付けを交わしていたのかもしれない。

そう思った途端、胸の中の奥底の自分でもその存在に気付いていなかった、醜悪な独占欲が頭をもたげる。

あのきめ細かく吸い付くような白い柔肌も、赤い唇も、光を受けて黄金色に輝く髪も、長い睫の一本でさえ、本当は誰にも触れさせたくない。

今夜の舞踏会用にヘンリーが選んだ薄紫色のドレスを纏った彼女を見た瞬間、言葉を失った。

流行のクリノリンを用いた豪奢なドレスではなく、幾重にも重ねられた白と薄紫の絹シフォンの花弁のフリルだけで自然に裾を広げた、そのシンプルなドレスに身を包んだ彼女――。

認めたくないが、もう少女の可憐さから大人の女性の洗練された美しさへ変容を遂げたという事実を、嫌と言うほど自覚させられた。

このまま他の男の目に触れさせないよう、閉じ込めてしまいたいと思った。咲き乱れた薄紫色のリラの花の芳香に、誰かが囚われてしまわないように――。

そしてアンジェラと代わる代わる踊る同僚達に嫉妬し、いみじくも彼女の後を追ってしまった。

自分の考えていることが信じられなかった。

物心付いた頃から、刷り込まれた雛のように彼の後を付いてきた、小さな蜂蜜色の天使。

ちょっと苛めると直ぐ泣いて、でも自分の傍を決して離れずいつも春の陽だまりのように嬉しそうに笑っていた乳妹。

そんな自分のお嬢様を、まるで一人の女性を見るように、心も身体も自分だけのものにしたい……そう思ってしまった。

「そんな……ありえない……」

ヘンリーは必死に自分の気持ちを否定する。

違う。

今日は彼女との距離を間違えすぎた。仮面を付けて自分の立場を忘れてしまっただけだ。

だからこんな気持ちになった――ただ、それだけのことだ。

一人でいると、どんどん気持ちがアンジェラに引っ張られていきそうだった。

早く皆の下に戻ろうと重い足を動かす。 

自分の居るべき場所――階下へ。

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