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第13章 下弦の月

「………………」

月哉は目を見開いて東海林を凝視していたが、やがて縋り付くような顔で頬に添えられた東海林の両手を握り締め、目を閉じた。


二人を乗せた車が、静かに本邸の門を潜っていく。

一月ぶりの本邸の玄関に降り立った月哉から、ごくりと息を飲む音が聞こえて来た。

屋敷の扉が使用人頭の鈴木により開かれると、微かにピアノの音が耳に入ってくる。

はっと顔を上げた月哉が、久しぶりの帰宅を喜ぶ鈴木の挨拶も聞かず歩き出す。

「……月哉様?」

月哉がふらふらと、中央の大階段をピアノの音に引き寄せられるように登っていく。

東海林は何も言わず静かに後を付いていく。

三階の雅の私室の扉の前で立ち止まった二人にはもう、その曲が何なのかは、解っていた。

月哉はゆっくりと扉を開く。

暗い、月明かりしか届かない部屋の中のグランドピアノに、白いワンピースを着た痩せた雅が座り、静かに目を閉じてピアノを弾いていた。

その傍らには揺りかごに乗せられた月都が、すやすやと寝息を立てて眠っていた。

月都の眠りを妨げないよう、あくまでも静かに切なく奏でられる――月光。

ぱたり。

水音に気づき隣を見ると、月哉は静かに泣いていた。

二人は魅いられた様に、月明かりに白く浮かび上がった、清謐な空気を纏った美しい雅の姿を見つめていた。

最後の和音を弾き終えると、雅はゆっくり目を開けた。


「……おかえりなさいませ。月哉お兄様……」






夢を見ていた。


深い深い森の中。

夜の帳(とばり)は既におり、唯一の灯りは月の光。

わたしは張り巡らせた絹の糸を手繰り

掛った獲物の捕食へと向かう。

月光を受けて輝くわたしの罠に

白い小さな紋白蝶の貴女がいた。

逃れようともがけばもがくほど

雁字搦めになるわたしの罠に

それでも凛として、しかし、小さく震える

貴女がいた。

神聖な月光に照らされる貴女は

わたしの絹の糸よりも輝いていて

純白の両羽はシルクのように滑らかで

わたしはただ

貴女に心を囚われて

わたしに捕らわれた貴女(いもうと)を

ただただ、見つめることしか出来なかった




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