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女忍者(くのいち)は誰かを好きになれるのか。
第1章 一里塚で

 
「日本橋から二十三里……か」
 
 今にも雨粒が落ちてきそうな重苦しい雲が月を隠した。とても蒸し暑い夜だ。新しい時代が開け、将軍護衛役の職を解かれた|甲賀《こうか》流忍者の|小夜《さよ》は往くあてもなく江戸から離れようとしていた。仲間の忍者たちはほとんどが農民になり、その他は総理大臣の護衛、軍隊などで離散してしまった。
 
 小夜は一里塚に笠を置き、松の根元に腰を下ろした。宿でもあるのか、一面に石畳が敷かれたその峠の麓にはぽつりぽつりと小さな明かりが見える。荷馬車がガシャガシャと軋むような音を立てながら、足早に遠ざかる。
 
 カサ……

 辺りの草が揺れる音だ。女性の一人旅は危険だ。旅の装束は男性のものを着け、笠で顔を隠していた。

 ヒュッと何かが風を切る音がした。

「はっ……」
 
 怪しく銀色に輝く一筋の何かが小夜の視界に飛び込む。慌てて松の枝に飛び移った。トン、トンと木を叩く音がして、小夜の髪がふわっと揺れた。
 
(手裏剣だ)
 
 小夜は猫のように身を翻して松の根元の草むらに飛び込む。青い匂いが鼻を着いた。
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