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官能小説家のリアル
第1章  新しい仕事


 桃恵の言葉に、美波は首を振る。
 自分は話していただけ。売り子として動いていたみんなの方が疲れているはずだと思い、美波はパイプ椅子を押してきた。
「私は平気。ほら、座って」
「はーい」
 桃恵が素直に座る。
「すみません。みなみ先生はいらっしゃいますか?」
 男性の声が聞こえ、美波はそっちへ行った。
「はい……」
 男性客自体が少なく、声をかけられるのも珍しい。
「月刊Mの編集担当をしている、飯野(いいの)と申します」
 名刺を差し出され、美波は両手で受け取った。
 こうやって執筆依頼は増えて行くが、月間Mは、美波には覚えの無い雑誌名。
 名刺には、飯野薫(かおる)という名前と、雑誌社の名前や住所など。
「近々創刊なんですが、是非、うちで執筆して頂ければと思いまして」
 185cmの長身に、がっしりとした体躯は、スポーツ選手のよう。整った優しげな顔は、人気俳優に少し似ている。
「まだ見本ですが、うちの雑誌をお持ちしました。参考にして頂ければと」
 袋を差し出され、美波は中から雑誌を取り出した。
「え?」
 表紙には、艶っぽい女性のイラスト。ペラペラと捲ってみると、挿絵も女性が悶えている様子だった。
「あの……。お間違えでは?」
「いえ。BL作家のみなみ先生と知ってのお願いです。PNは変えても結構です。お願いします」
 飯野が頭を下げる。
「男女、ですよね? 私、BLしか書いたことなくて……」
「僕が担当として、お手伝いさせて頂きます。お願いします」
 食い下がる飯野に、美波は困ってしまった。
「ご検討の後、取り敢えずご連絡ください。よろしくお願いします」
 美波は、これ以上何と言っていいのか分からない。
 また頭を下げると、飯野は差し入れを置いて行ってしまった。
「美波っ。凄いイケメンじゃーん?」
 桃恵がからかうように言う。
「でも、これだよ?」
 持っていた雑誌を桃恵に渡すと、後ろへ行きみんなと一緒に中を見ている。
 同じ官能小説でも、男女は書きづらい。そう思っていた美波が溜息をつく。
 男女のセックスシーンなんて、リアルが出てしまいそう。自分のセックスを公開するような気分だと、美波はまた溜息をついた。



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