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官能小説家のリアル
第7章 溜息

「ううん。イベントの、準備」
それを聞いて、直哉はホッとした。
自分のせいで、住み慣れたマンションを出ていくつもりだったのかと思って。美波にしたら、ここが嫌な場所になっただろう。
「どうぞ……」
美波が、テーブルに缶ビールとグラスを置く。
それはいつも直哉が座る場所。そして、直哉が好むビール。
「私も、少し、呑もうかな……」
そう言うと、美波はもう一本の缶ビールとジンジャーエールを出してきた。
一つのグラスにはビールだけ。もう一つはビールのジンジャーエール割り。
乾杯をする雰囲気ではなく、二人は無言で口にする。
お互いに、相手の緊張感は伝わっていた。
グラスを空けた直哉が、缶のまま呑み始める。それを見た美波は、数本の缶ビールを出してきた。
「まだ、たくさん冷えてるから……」
あの前日に美波は、“缶ビールが少ない”と言っていた。“明日頼んでおく”と。
あんな酷いことをしたのに冷やしておいてくれたのを、直哉はどういう意味か考えてしまう。あの編集長も、このビールが好きなのか。それとも。
美波が、ビールのジンジャーエール割りを呑む。
いつもは勧めても呑まない美波が、自分から呑んでいる。
それも、直哉には不思議だった。
グラスを空けた美波は、またビールを半分注いだ。そこへジンジャーエールを足す。
美波は元々、自分からアルコールを呑まない。でも今は、直哉の話を聞くのが怖かった。少しでも、ショックを和らげたい。呑めば、明日起きるまで夢でいられるかと思った。
「美波……」
またビールを呑む美波を、直哉がやんわりと止める。
それでも美波は、新しい缶を開けた。

