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星逢いの灯台守
第2章 忘れ得ぬひと
…そのひとに初めて会ったのは、宮緒が片岡の専属秘書となって三年が経った春のことだった。

…「あの小さな町に、鄙には稀な美人がいたぞ」
内房の海の町から東京のオフィスに戻った片岡が珍しく楽しそうに宮緒に告げたのだ。
「…美人…ですか」
…十二歳で故郷を離れてから、小さな海の町に帰ることは滅多になかった。


…宮緒は大学を卒業し、片岡の父親の東京の会社の経理や法務を担当していた。
母親はその前年、突然の心臓発作で亡くなっていた。
…前日、久しぶりに訪れた父親と料亭で食事をし、楽しそうに酒を酌み交わしていたそうだ。
翌日、なかなか起きて来ない母親を訝しく思った手伝いの老婆が寝室を覗いて、眠るように亡くなっていた母親を発見したのだ…。

…あまりに急なことで、宮緒は全く実感が湧かなかった。
父親は大層哀しみ、立派な葬儀を上げてくれた。
参列者もそんなにいないのだから、密葬で構わないのにと宮緒は思った。

「母さんはええ女やった。
控えめで優しくて…儂によう尽くしてくれた。
あんな可愛いらしい女はもうおらんかもしれんなあ…」
そう宮緒に呟き、涙を流した。

「母さんには一目惚れやったんや。
…まだ何も知らんおぼこい女でなあ。
あんな若くて可愛い娘を二号にしてしもうて…。
今思えば、可哀想なことしてしもうたなあ…」
父親はそう言って母親の艶やかな髪を愛おしげに撫でていた。

「…父さん…」
…母親は、自分が思うほどに不幸ではなかったのではないか…宮緒はぼんやりと思った。


…葬儀も終盤に差し掛かった頃…
「…坊ちゃん、若社長がお見えになりました」
父親の会社の大番頭が囁いた。
小さな座敷が騒めきに包まれた。

辺りを払うような威厳と雰囲気を纏いながら、片岡は現れた。
慌てて立ち上がろうとする宮緒を眼で静止し、仏前に進む。
写真を暫く見つめ、丁寧な所作で焼香をした。
そうしてゆっくりと宮緒の元に歩み寄り、そっと囁いた。
「とても綺麗なひとだったんだな。
…お前は母親似だ。
良かったな…」

初めて涙が溢れた。






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