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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「…綺麗な音色だ。
二胡は初めてだが、いいもんだな」
…初めて聴いたのに懐かしいような不思議な…心の琴線に触れるような楽器だった。
静かに演奏を聞き入ったあと、片岡は感想を述べた。

暁蕾は演奏者を振り返り、大きな眼を見張った。
「雨航だわ…!」
そうして、少し嬉しそうに告げた。
「…あの二胡を演奏しているひと、私の幼馴染なんです。
北京芸術大学の院で二胡を勉強していて、時々こっちに帰ってきて高級ホテルで演奏してるんです。
…わあ…、会えると思わなかった…」
「…へえ…。
なかなかいい男だね」
頬杖を突いて、ちらりと若い男を眺める。

…すらりとした長身…さらりとした髪はきちんと撫で付けられ、如何にも中国的な甘さを含んだ端正な顔立ちは、誠実さと理知的さを物語っている。
美しい弓使いで二胡を奏でていた青年は、暁蕾の視線に気づいたのか、眼差しだけで優しく微笑って合図をした。

「そうですか?
小さな頃から知っているから、よく分からないです」
運ばれてきた蓮の葉に包まれた粽を器用に捌きながら、首を傾げた。
「…君はずっと蘇州に?」
「…いいえ。…生まれは日本です。
長崎の中華街で…三歳まで育ちました」
再び無表情になる。

「長崎か…。三歳まで日本にいたから日本語が流暢なのかな。
ご両親は中国の人?
日本語が上手かったのかな?だから君は…」
立て続けに尋ねる片岡に、暁蕾は乱暴に卓に手を突いて立ち上がった。
「ちょっと!何?
貴方、警察官?取り調べみたいに次から次へと!
私は貴方のガイドを一週間するだけなの。
貴方は私のお客。それだけの関係なんです!
なぜ貴方に私のことを色々話さなきゃならないの⁈」

気色ばむ暁蕾の背後から、穏やかな青年の声が響いた。
「…シャオレイ?どうしたの?何かトラブル?」
暁蕾は振り返る。
「雨航…」

…二胡の演奏をしていた藍色の長袍姿の青年が、静かに佇んでいた。





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