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夜明けまでのセレナーデ
第7章 Fantôme de l'Opéra 〜epilogue〜
「…あの夜…」
ぽつりと、速水は呟く。

「礼拝堂が炎に包まれ…跡形もなく崩れ落ちたあの夜…。
瑞葉は八雲に冷たく突き放され、刺し違えようと向かってゆきました。
そんな瑞葉を八雲は殺人者にしないために、自らを刺し、火を放ったのでしょう。
…もっと考えれば、八雲は密かに瑞葉を解放しようとしたのでしょう。
彼は、瑞葉の運命を狂わせたことをずっと心の内で詫びていたのかもしれません。
…瑞葉は、八雲と離れることを拒んでいました。
あの天使の羽のように軽い瑞葉の身体を抱えながら塔の階段を駆け下り、僕は瑞葉の心が八雲の元に飛んでゆくのを何処かで感じ取っていました。
…塔が焼け落ちた瞬間、瑞葉は意識を失いました。
瑞葉の心は、あのときに…八雲が奪っていってしまったのです。
…パリに来てからの瑞葉は、半ば脱け殻の瑞葉でした。
前向きに生きようと、朗らかに過ごせば過ごすほどに、心がそこにはないことを僕は感じていました。
…だから、いつか僕から去ってしまう日が来るような気がしていました。
それがわかっていたけれど…口に出すのが怖くて、気づかないふりをしていたのかも知れません」
「…ハヤミ…」

…夕暮れの光彩が、速水の横貌を照らす。
諦めと…悲哀と…何より色濃い恋慕の色が浮き彫りになる。
「…瑞葉は…瑞葉と八雲は、運命に引き寄せられたのです。
僕は…とうとう勝てなかった…」
自嘲するように凛々しい唇を歪める。
「当然だ。…瑞葉は…僕を愛してはいなかったのですから…」

「私はそうは思わないよ。
パリのミズハは…君といたミズハは、確かに幸せそうだった。
それは、紛れもない真実だ」
温かな声がきっぱりと言い放った。

速水はゆっくりと貌を巡らせ、小さく微笑みながら静かに泣いた。
両手に貌を埋め、呟いた。

「…日本男子が泣くなんて…情けないな」

ジュリアンは柔らかく笑った。

「うんと泣け。
ここはパリだ」

ラベンダー色に染まった陽の名残りが、速水を優しく包み込んだ。
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