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夜明けまでのセレナーデ
第9章 サンドリヨンとワルツを
…その娘が玄関ホールに現れた時、薫は思わず息を止めた。

…まるで精巧に作られた美しい人形が佇んでいるのかと思ったのだ。
ホールに差し込む濃い夏の日差しに、透き通るような白い肌は眩く輝き、その背中に垂らされた美しい黒髪は、艶やかに煌めいていた。
薫を見上げた不安げな眼差しは黒々と濡れていて、まるで神秘的な夜の海のような色を称えていた。
すんなり整った鼻筋、唇は可憐な桜色をして…しかし、緊張したかのようにきゅっと引き結ばれていた。

「…貴女が衣都子様ですね?
縣薫です。ようこそいらっしゃいました」
和かに手を差し伸べると、躊躇いながらおずおずとか細い白い手を差し出した。

優しく握りしめ…薫は僅かに眉を寄せた。

…手が…荒れている…?
白く華奢な手のひらは、痛々しいほどにがさがさとして、さながら藁半紙の表面のように荒れていたのだ。

薫は娘をまじまじと見つめた。

…清潔ではあるが洗い晒しの粗末な白い木綿のブラウスに濃紺のスカート、白いソックスに黒革のローヒールはかなり年季が入っている。
…娘の美貌に気を取られていたが、身につけているものは大層質素だ。

…隠し子とは言え、宮様が…なぜ…?


薫の心の呟きを察知したかのように、娘は恥じらうようにするりと手を離した。

「…初めまして。縣様。衣都子と申します。
…このたびは、大変に申し訳ありません。
お世話になります」
手を離した非礼を詫びるかのように、しっかりとした声で礼を述べ…嫋やかに膝を折り、挨拶をした。
その様は実に優美で、薫は眼を見張った。

玄関に立つ、娘を送ってきた初老の男がほっとしたように語りだした。
「いやあ、これで安心しました。
あばら屋の我が家に、衣都子様をこれ以上はお住みいただくことになったらどうしようかと思っておりました」

「衣都子様は、ずっとそちらに?」
…執事や従者のように風格がある男ではない。
人は良さげだが、いわゆる普通の下働きの男のようだ。
「はい。
先の大空襲で衣都子様が住まわれていたお寺が焼けてしまったので、私の家にお住まいいただいておりました。
私はその寺の下男をしておりました。
いやあ、本当に良かったですね、衣都子様」

話を向けられ、娘は柔かな笑みを浮かべた。
「…中村。貴方には大変お世話になりました。
どうぞ家族の皆様にくれぐれもお礼を申し上げてください」


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