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夜明けまでのセレナーデ
第10章 僕の運命のひと
大広間は優雅な音楽が流れる中、賑やかな笑い声と衣摺れの音…そして香水の香り、舶来ものの葉巻の香りと…さまざまな高揚感に満ちていた。

…懐かしい…かつての華やかな夜会や宴の数々の想い出が薫の胸に蘇る。

「さすがは縣男爵家だな。
戦後の日本で、これだけの夜会を開ける家はそうないだろう。
お父上は本当に優れた才覚と手腕がおありになるな」
…大抵の貴族は落ちぶれて食うや食わずだと言うのに…。
薫の背後からそっと囁きながら紳一郎が近づく。
「紳一郎さん…」
「お招きありがとう。薫。
素晴らしいクリスマスパーティーだ」
涼しげな美貌に微笑を浮かべた紳一郎も黒燕尾姿の正装だ。
…普段、教師らしい質素なスーツやシャツ姿しか見ていない薫は思わず眼を見張る。
線は細いが日本的に整った容姿に、正装姿は良く似合っていた。
近寄りがたい臈長けた品位に満ちているのだ。

…紳一郎さんは、やっぱりすごく綺麗なんだな…。

「元男爵ですよ。
…食うや食わずの方がまだ多いのに…喧嘩を売っているような宴じゃありませんか?
母様は言い出したら聞かないから…」
肩を竦め、近くの下僕が捧げ持つ銀の盆からシャンパングラスを二つ受け取る。
一つを紳一郎に差し出す。
「光様は敗戦国の屈辱に甘んじたくないのだろう。
日本人として…元貴族としての誇りと矜持を知らしめたいとお考えなんだろうな。
ご立派だよ。とても」
紳一郎は昔から光のシンパなのだ。

「…まあ、良く言えばそうですけれど…。
母様は単なるパーティー好きですからね。
理由は後付けかもしれない」
そうして、ふと尋ねる。
「今夜は…いいんですか?十市さんは。
せっかくの聖夜なのに」

紳一郎の澄ました美貌が、柔らかく解けた。
「この後、十市の家に帰る。
だから途中で失礼するよ。
…十市が僕のためにターキーを焼いて待っていてくれるからね」
「へえ…。さすが元森番ですね」

十市は紳一郎の屋敷の外れの森の中に、再び小さな小屋を作った。
そこから学院に通っている。
学院の仕事をしつつ、鷹司家の森番も勤めているのだからなかなかに多忙だ。

…隻腕の逞しくも心優しい森番と、誇り高く美しい令息の恋は、密やかに…けれどしっかりとした絆で結ばれているのだ。


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