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森の中
第10章 10 面影
 紫煙のもやが目の前をかすめ、杉線香の優しい香りが漂う。瑠美は整頓して出てきた父、聡志の写真と君枝の日記帳を眺めた。初めて見る父親の写真には特に郷愁の念は沸かない。ただ君枝が冬樹とそっくりだと言っていたことを思い出し、どこが似ているのだろうかと細かく観察した。

 年齢はおそらく二〇代後半だろう聡志は、豊かな髪を七三に軽く分け、日焼けをしているらしく赤い額と鼻の頭が照りついている。にっこり目尻を下げて笑う彼は眉もまつ毛も濃く顔立ちがはっきりとしている。黒目がちな瞳が瑠美と似ていた。

冬樹はどちらかというとあっさりとして涼しげな目元で、聡志とは逆のタイプの顔立ちだ。当時の流行なのだろうか赤とオレンジのタータンチェックのシャツにブラウンのジレを着ている。腕組みをしたポーズで上半身だけ写っており、ぱっと見た感じはやはり似ていない。ふと、腕組みされ、右腕をつかむ左手の指先に目が入った。

(あっ)

 聡志の指は節くれだっていて太い。しかし指先が長い爪甲によって美しく見える。大きくがっしりとした男らしい手だが美しいと感じさせるのだ。

 冬樹の指先を思い出す。確かに父に似ている。母は冬樹の手に聡志を見たのだろうか。
瑠美は自分がこんなに細かく冬樹のことを思い出せることが不思議だった。数年生活を共にした夫のことですら大まかな顔つきしか思い出せない。

彼の柔らかく少しだけ癖のある髪、鎖骨の上にあるほくろ、蜜ろうのような香りがする体臭、そして透明感がある低い声。

態度は素っ気ないのに身体を這う指先は優しく、冷たい言葉を吐く唇は甘く。思い出すと身体の芯が熱くなってくる。
抱きしめられた感覚を思い出して瑠美はゴクリと息をのみ、お茶を淹れに台所に立った。
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