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幻の果てに……
第1章  誘惑



「梨央(りお)! 久し振りー!」
 大学時代の親友、高岡静香(たかおかしずか)の声に振り向いた。
 静香と会うのは一年振り。
 都内には住んでいるものの、お互いに結婚してからは殆ど電話やメールだけ。静香だけでなく、学生時代友人と会うのは、久し振りのこと。
 少しの間再会を喜び合ってから、静香が勧める店へと歩き出した。
 都心の繁華街の一角。こんな場所へ来るのも久し振り。
「梨央は今、小坂(こさか)なんだよねー。まだ、何となく慣れないけど」
 静香が笑う。
 こうして親友に会うと、大学時代に戻ったよう。
 今思えば、あの頃は楽しかった。
 当時は、講義や試験にバイト。早く就職か結婚して楽になりたいと思ったが、結婚すればそれなりに退屈だった。
 お互いに32歳。
 私が結婚したのは五年。静香は三年前だが、お互いにまだ子供はいない。
 私の夫は六歳年上でそろそろ焦らなきゃならない年齢なのかもしれないが、海外赴任で戻るのは三ヶ月に一度。
 そのため、子作りをしようとしてもタイミングが合わないまま。
「今日は、楽しもう?」
 静香は、何となく含みのある言い方。
「どこ行くの?」
「着いてからのお楽しみー」
 静香が明るいのは、昔から変わらない。大学時代も人気者で、私はそれに振り回されることもあった。でもそのお蔭で、私も友達が多く出来たのも事実。
 繁華街の裏路地へ入り、いくつか角を曲がる。
「ねぇ。どこ行くの?」
 周りは、段々と寂れた雰囲気になっていく。
「大丈夫だから。梨央も、淋しいんでしょ?」
「え……」
 静香が一件の店のドアノブへ手をかける。
 間口は狭く、とてもお洒落とは言えない店で、看板も出ていない。
「ホラ、早くっ」
 ドアを開けた静香に、店内へ押し込まれた。
 その場で立ったまま、中を見回す。
 間口の割に店内は広く、薄暗かった。
 カウンターが複数ありテーブル席も見えるが、どれも二人掛けのように見える。
「いらっしゃいませ」
 横の小窓から、蝶ネクタイを着けた黒服の穏やかな声。
 バーの類のようだ。
 静香が三万円を払う。
「ホラ、梨央」
「う、うん……」
 バーにしては高い。それに、会計は普通最後だろう。



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