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幻の果てに……
第1章 誘惑

静香に急かされ、私も三万円を払った。
「じゃあ、ここからは別行動ね」
「え?」
そう言うと、静香は店の奥へ行ってしまう。
「ちょっと、静香っ」
「お客様は初めてですか。では、こちらへどうぞ」
黒服に促され、カウンター席へ座った。
せっかく久し振りに会ったのに、別行動だなんて。
大学時代を思い出す。
私は嫌だと言ったのに、学園祭のミスコンに出されてしまった。優勝したのは、静香の応援があったから。
顔の広い静香が、私に投票するようにみんなに頼んでいた。
優勝してしまったせいで雑誌からの取材もあり、芸能プロダクションからの誘いまで。取材は仕方なく受けたが、それも静香の勧め。さすがにプロダクションだけは断った。
その後普通の会社に就職し、今の夫と出会い、普通に恋愛して普通に結婚。寿退社した。
そんな人生に、何の不満もない。
何だか、また静香に振り回されそうな気がする。
カクテルを頼んで呑んでいると、「お隣、いいですか?」という声。
「え……」
横に立っていたのは、スーツ姿の男性。
紳士的な態度で、手に水割りのグラスを持っていた。
何も答えられないでいると、その男性が隣へ座ってくる。
「お名前、訊いてもいいですか?」
「えっと……」
困ってしまった。
見ず知らずの男性だし、ここはバー。せめて静香が一緒にいてくれれば、彼女が勝手に名前を言うだろう。
「ここは、初めてですか?」
「はい……。友達に、連れて、来られて……」
「僕は、和彦(かずひこ)。43歳です」
夫よりも年上。
グラスを差し出され、何となく乾杯してしまった。
「梨央、です……」
名前だけなら構わないだろう。ここにはもう来ないから。
「二十代?」
「いいえっ。32です」
「可愛らしいから、それくらいに見えますよ」
困って店内を見回すと、静香はテーブル席で男性と楽しそうに呑んでいた。
「テーブルへ、移りませんか?」
「あの……」
男性と二人切りで呑むなんて、夫と付き合っていた時以来。
「行きましょう?」
和彦は私のグラスも持ち、テーブルの方へ行ってしまう。それに仕方なく付いて行った。

